【僕とADHD。】~それいけ!大人の発達障害~

20代半ばの僕です。この歳になってやっと自分は発達障害なのでは…?という疑念に向き合います。リアルな気持ち。行動。そして調べた知識をなるべく解りやすくまとめます。

MENU

【KUSO記事①】中退した大学の卒業式に行ってきた話

f:id:boku_adhd_asd:20190403033521j:image

 

こんばんは。

 

今日は、こんな感じで喋らせてもらいます。

 

僕は何年か前に大学を中退しました。

 

その大学の知人の卒業式があり

お呼ばれされ、

どうしても見に来てほしいと言われました。

 

当たり前ですが

めちゃくちゃ行きたくなかったです。

 

自分がドロップアウトした大学なんて

近寄っただけで

当時のどん底の気分が蘇ってくるし

顔を合わせられない知り合いなんてわんさかいます。

 

ただ、行くことになりました。

 

そして、

行きました。

 

当日です。

 

すでにくたばりかけてる心で

校門を抜け、

100トンくらいの顔を上げました。

 

 

真っ先に思いました。

 

 

「みんなめちゃくちゃキラキラしてるな」

 

 

すごいなんの曇りもなく笑ってるな。

 

当たり前のように友達とはしゃいで

就職の話とかしてるな。

 

 

そこで僕はふと思いました。

 

 

「あぁ、これが"普通"なんだよな。」

 

 

"普通"の人達はバケモンです。

 

 

電気、家賃、水道、携帯代が

スムーズに払える意味がわかりません。

 

朝に起きて、退屈な講義に間に合い

何時間も座っていられる意味がわかりません。

 

そろそろだね、と世間に合わせて

就活を始められる意味がわかりません。

 

"この道を外れたら恥ずかしい"

という価値観を持てるのは、

 

"そろそろヤバい"

という危機感を持てるのは、

 

一体どういう仕組みなんですか。

 

 

そして、

今言ったすべてが

 

 

どうして僕にはできないんですか。

 

 

 

 

 

 

卒業式はバケモンで満ち

幸せがごった返していました。

 

それを祝福するような

くそみたいな良い天気でした。

 

 

 

「定型校が…。」

 

 

逃げ込んだお店でも

気持ちがすぐに消えたりはしません。

 

 

「なんで自分はこんなに当たり前に

いろんなことができないんだ。」

 

「なんでそんなにダメなんだ。」

 

「なんで産まれてきてしまったんだ。」

 

「生きるだけでお金が発生する。

誰かに迷惑がかかる。

なのになんで生き続けてるんだ。」

 

 

以前の様に自分を責め続けていました。

 

暗い沼地に自分を蹴り飛ばし

顔面をなんども何度も

ぐずぐずに踏み続ける様な時間です。

 

 

 

ただ、今の僕は

もうそれに意味が無いと知っていました。

 

 

次第に、

このブログを、ツイッターを始める時の気持ちが

また浮かんできました。

 

 

 

『僕は僕の操作法を知りたい。』

 

 

『僕は僕の人生の操縦方法を知りたい。』

 

 

自分に特性がありそれは不変なら

知って、対応するしかない。

 

仕組みがわかれば対処法も探せる。

 

社会のことがわかれば、

相性のちぐはぐを少しは改善できる。

 

生活のこと、生きていくことがわかれば

余分を省き、その質を上げられる。

 

 

 

僕は無理だ。

 

あのバケモン達と同じルートで

同じ笑い方をするのは無理だ。

 

 

だけどずっと

このまま潰れてるのももう嫌なんだ。

 

 

ぼくは戦おう。

 

 

知ろう。理解しよう。発信しよう。

 

少しずつ少しずつ、良くしていこう。

 

 

そして、最後には

今のぐちゃぐちゃな日々の卒業式を迎えよう。

 

 

そん時はめっちゃ笑ったるで。